2010年12月12日

音楽の味わい

若い頃に読んだ小説を後年読み返すと,
また違った味わいを発見することがあるという。

私がそう言われたのは,夏目漱石だ。
高校の先生に,漱石は年とってから読め,
と言われた。

その先生でさえも20代後半だったから,
果たして理解して我々に諭していたのかはわからないし,
夏目漱石のような陰鬱な小説を読みたくはないのだが。


音楽でもそういうことがある。
若い頃と年寄りになってからとは,
印象が変わることがある。

私が大学時代に一番好きだったミュージシャンは,
ジャズ奏者のエリック・ドルフィである。

フリー・ジャズに分類されるミュージシャンだ。
特に馬の嘶きと評されたバズクラは凄かった。

テクニックも凄かったが,
孤高とも言える彼の演奏スタイルも若い私を大いに惹きつけた。

一匹狼を気取り,いまだにその癖の抜けない私には,
フォロワーのいない彼のスタイルはぴったりはまった。

あまりに思い入れを入れすぎて,
彼の写真を見ただけで涙ぐむぐらいだった。


エリック・ドルフィは20代の私を虜にしたのだが,
しかし,いつしか卒業の時期がやってきた。

30前後だったろうか,
次第にドルフィを聴かなくなり,
久しぶりに針を落とした彼のレコードからは,
かつての興奮が呼び起こされなかった。

彼の奏でる音に若さや硬さを感じてしまったのだ。
青臭い,とも言える。

私は,彼の死んだ年齢に並ぼうとしていた。


エリック・ドルフィに代わって私を虜にしたのは,
武田和命である。

かつて,山下洋輔トリオに参加したことのあるテナー奏者だ。
彼が死んだ時に,アケタから追悼CDが出た。

CDだけではない。
フォーカスでも彼の死が報じられ,
テレビでも追悼番組が流された。

一般的には無名の彼だが,
いわゆる『通』にはファンが多かったのだ。

彼の何が凄かったのか。
ただの1音が凄かったのだ。

ただの1フレーズでもない。
1つの音だ。
CならCを吹くだけ。
そこに私は非常なる重みを見出したのだ。

高い音が出せるとか,
指が速く動くとか,
アドリブが最高とか,
そういうことはどうでも良かった。

ただの1つの音がミュージシャンの格を規定する。


私は更なる音の深淵にたどりついていた。
だから,一時期ジャズ・バラードばかり聴いていた。

武田和命以外では,ソニー・ロリンズとか,宮沢明が私の好みだった。

決して,イージーリスニング的に聴いていたのではない。
音の重みとか深さに感銘を受けるようになっていたのだ。

多分,この頃が私の感性がMAXだったんだと思う。
その後は,彼らの音を聴いても,
あの頃にたどり着くことができた音の深遠に
達することができない。


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posted by DEBUO at 23:42 | 映像・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする