2011年07月07日

どうでもいい話

私は1960年生まれである。50歳を越えている。
昔ならば、Dont Trust Over 30.だったはずだから、
現在の私はカスみたいなものかもしれない (^_^;)

日々、固くなる頭を意識しながらも、
それでも、10年たつと随分考え方が違うもんだと思う。


例えば、私は10年前ならば、
単純な自由貿易主義だったし、
『国民の債務』に悩む『若者』であった。

若者であったのである。

現在では、グローバリズムは人を幸福にしない実例を見てきて、
鎖国と開国の間に着地点がある、と思うようになった。
(実例:韓国)

国民の債務、というのは全くおかしな話、ということは数年前に理解した。
以前は私にとってはとんでも話だった公共事業であるが、
現在では、積極的な公共事業肯定派になった。


10年は一昔である。
そう歌ったのは井上陽水か。
ふた昔ぐらいかもしれない。

私が中2の時に、『氷の世界』が発売された。
初めて日本でミリオンセラーを記録したアルバムである。

LPは当時2000円程度した。
その値段は、昔からあまり変化がない。

60年代だと、月給が2〜3万円なのに、
LPが2千円程度なのである。

だから、氷の世界のミリオンセラーというのは、
現在のミリオンセラーとはぜんぜん価値が違う。


もっとも、私は4畳半フォークからすぐに脱却して、
ブリティッシュロックに鞍替えしていた。

ピンク・フロイドの『狂気』は当時の私のお気に入りの一枚である。
このアルバムは、ビルボードチャートの200位以内に
15年間(741週間)に渡ってランクインし続けたという、
ロングセラーのギネス記録を打ち立てた歴史的なアルバムである。

音楽に興味が出始めたのが、小6〜中1の頃であるが、
私は、幼少の頃からアイドル音楽に興味はなかった。

30年前ならば、『PERFUME』とか『初音ミク』を
理解しなかっただろう。


『間章』という名前に反応する人はどの位いるだろうか。
音楽評論家である。
私が大学生の頃にはすでにこの世にいなかった。
30代前半までの短い生だった。

彼は若くして物言いになったせいか、
随分と青臭くて固かった。

だが、20歳前後の私にはその青臭さがピタリとはまった。

確かに、彼の物言いは理屈っぽかったのかもしれない。
音楽評論といっても、ジャーマンロックとかフリージャズ
なんかが、彼のフィールドだった。

しかし、間章が若者に大きな影響を与えた最大の理由は、
彼のセンチメンタリズムじゃなかったのかと、ふと思う。

音楽を楽しむ、というよりも、音の純粋さへの求道、
彼はそれを説きつつ、
孤高たろうとした、彼の姿勢に、
私は感傷的なものを感じるのである。

いや、センチメンタリズム、という私の解釈がおかしいのかもしれない。
或いは、間章の物言いに、
当時の私の心境が投影されていたのかもしれない。

というよりも、当時の若者の心境が投影されていたのかもしれない。

本日も、友人であるZAPPSの『ひろし』氏と歓談して、
気分がいい。
酔っ払いの戯言として、
私と同世代であろうかつての『間章』ファンには、
大目に見過ごしていただくことを願うものである。


ただ、間章の愛したエリックドルフィは、
私が20代だった頃のベスト・アイドルである。

しかし、人間は年齢と共に多少なりとも円熟を増すようである。

間章が現在も生きていたのなら、どういう音楽を聴いていたであろうか。
perfumeや初音ミクを聴いて、どういう感想を抱いたであろうか。

肩の力を抜けよ。
今なら、当時の間章にそういう感想を持ったかもしれない。






posted by DEBUO at 03:35 | 映像・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする