2012年01月23日

自己中の人

昨日の投稿通り,
つつがなくとり行われた結婚式であるが,
久しぶりに日本から戻ってきた友人もいて,
楽しい一時を過ごすことができた。

やはり,日本人というのはいいものである。
言葉が通じる,ということだけではなく,
瞬時にお互いの深いところまでわかりあえる安心感というのは,
得難いものがある。

比人が相手だと,比人がどうであれ,
お互いの理解はどうしても浅くなりがちである。

文化が違うからだ。
両者の間に見えないバリケードが何重にも張り巡らされている。


ただ,日本人と言ってもいろいろなタイプがいる。
本日は,日本人にありがちなケースを投稿したいと思う。

特定の個人を取り上げるが,
彼を中傷する意図はない。

結果として不適切な投稿になるかもしれないが,
あらかじめ,陳謝申し上げる。


フィリピンの地方都市でレストランを経営するA氏のケース。
儲けたい,というよりもある種の使命感でレストランを運営されている。

その甲斐あって,料理は決して不味くない。
値段も安い。

この料理より高くて不味いレストランは,
マニラにいくつでもある。


A氏の持つ使命感というのは,
どうも比人に仕事を教えることのようである。
そのために,一生懸命,比人に指導する。

しかし,A氏のブログを見て苦労しているのがすぐにわかった。
2年ほど前の投稿であったが,彼が比人に注意すると,
比人から敵意をもった目が返ってきたそうである。

明らかに,比人管理に失敗していた。
(現在はどうだかはわからない)


A氏は,悪人ではない。
むしろ,善人であろう。

しかし,良かれと思ってやったことが裏目に出る人がいる。

多くの場合,良かれと思ったことが『良くない』のだ。
そして,本人はそれに全く気づかない。

何しろ,良かれと思ってやっているからだ。
そこに,一点の曇もないのである。


そうした人間関係は,比人に対してのみ発揮されるのではない。
あらゆる場面でそうなのだろう。
だから,このレストランはネットでも中傷されることが多い。
つまり,日本人でも彼に物申したい人がいる。

その中傷は度を越えている。
しかし,そうなってしまう理由もわかるのだ。

良かれと思ったことが裏目に出る。
典型的なタイプなんだと思う。


例えば,A氏と接触した私の友人の話である。
私の友人は彼と初めて会ったときに,
友人の子供の名前について,
初対面にも関わらず,説教されたそうだ。

子供は比人とのハーフであり,比人の名前をつけた。
しかし,A氏には気に入らなかったようだ。

そんな名前を日本人につけるとは何事か,
そんなような説教のされ方であったという。

余計なお世話である。


こういう人物は案外,周りにいる。
この手合いは,相手の気持や考え方に,
無頓着だったり,無神経だったりする。

そして多くの場合,自分に見る目がある,と勘違いしている。
ところが,彼の考えは,現実から大きく離れている。

要するに,相手を見ていない。或いは,相手がいない。
見えない相手に対して,一方的な見方をし,
結果,現実の相手に間違った信号を送り続けるのだ。

つまりは,失言,失態のオンパレードとなる。
こういう人物は早々に回りから人がいなくなる。

そして,人がいなくなっても,
それをもって,自分を振り返ることができない。

根本的なところで理解できないからだ。
理解できないから,それを周りのせいにする。
いや,脊髄反射的に周りのせいにする人もいるし,
そういうタイプはかなり多い。

  『日本ならこんなことはしない』
  『日本人ならこうあるべきだ』

こういう口癖の人も多いだろう。
しかし,それはただの言い訳である。

実は,
  『自分ならこうだ』
ということをアピールしたいだけなのだ。

つまり,彼は相当な自己中心的な人物ということになる。
自己中心的であるにも関わらず,
自分を善人であると信じているからタチが悪い。

いや,決して悪人ではないのである。
人は良いことが多い。

しかし,対人の場合は,相手あってこその善悪である。
そこの根本理解が欠落しているか,
大きく歪んでいる。

だからタチが悪いのだ。


その2に続く




posted by DEBUO at 17:00 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする