2012年10月02日

中国が尖閣を日本領土と認めた史料

尖閣領有の歴史

日本政府,10年以上かけて現地調査,無主の土地であることを確認後,
1895年 尖閣諸島を日本の領土に編入することを閣議決定。
同年,尖閣諸島は実業家古賀辰四郎に期限付きで無償貸与。
古賀氏は明治政府の承認のもと,1884年から同地を開拓していた。
・・・
上記に関して,1971年までの75年間以上,
外国からの抗議は一切無し。
・・・
1951年 SF条約により,尖閣は沖縄の一部としてUSAの管理下に。
1969年 国連の調査により,尖閣で地下資源発見。
1971年 台湾が領有を宣言。
同年  尖閣が沖縄とともに日本に返還される。
同年  中国が領有を宣言。



尖閣に関する史料


明の上奏文に「尖閣は琉球」と明記
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上奏文が収められていたのは,郭が書いた文書を集めた『石泉山房文集』。このうち,帰国後に琉球への航海中の模様を上奏した文のなかで「行きて閏(うるう)五月初三日に至り,琉球の境に渉(わた)る。界地は赤嶼(せきしょ)(大正島)と名づけらる」と記していた。現在の中国は大正島を「赤尾嶼(せきびしょ)」と呼んでいる。


清の時代,汪楫の「觀海集」
1683年,汪楫の「觀海集」(琉球への往路を詠む詩集)に載せる漢詩「過東沙山、是?山盡處」(東沙山を過ぐれば是れ?山(びんざん)のつくるところなり)と詠まれているという。この前の詩では福州からの出航を詠み,後の詩では航路上の大海を詠む。?(びん)とは福建省を指す。山とは陸地である。東に進む航路上で福建省の陸地がつきる最後の島が東沙山(馬祖島)だと、ここに明示してある。そこから東のタイワン島北端はまだ清の統治を受けず,まして釣魚列島が清の領域外であることは明らかである。

『大清一統志』
『大清一統志』は中国・清の乾隆帝 (1711〜99年) の勅命で編纂された地理書。台湾(府)の北東端が 「鶏籠城 (現在の基隆市)」 と記されている。参考


中華民国が尖閣を日本領土と認めた史料

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中華民国九年(一九二〇年,大正九年)五月二十日,中華民国駐長崎領事が中国漁民救助に対する「感謝状」として,当時の魚釣島でカツオ節工場を経営していた地権者の古賀善次氏と,石垣村長豊川善左氏を含め4名に送ったもの。

全文訳
【中華民国八年(大正八年)の冬,中国の福建省恵安県の漁民郭合順氏ら三十一人が遭難し,日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島の和洋島(魚釣島)に漂着した。石垣村の玉代勢孫伴氏(後の助役)が熱心に看病し,皆元気に生還することができた。こうした看
護は感謝に堪えず感謝状を贈る。】

魚釣島の住所を【日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島】と表記している。



1953年中国が人民日報で琉球群島に尖閣諸島が含まれる(包括)と報道

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琉球群島人民のアメリカによる占領に反対する闘争

 琉球群島はわが国の台湾東北部と日本の九州島西南部の間の海上にあり、尖閣諸島、先島諸島、大東諸島、沖縄諸島、大島諸島、トカラ諸島、大隅諸島、など七つの島嶼(とうしょ)で、それぞれに多くの小島があり、総計五十以上の名のある島と四百余りの無名の小島があり、(中略)その内側はわが国の東海、外側は太平洋の公海である。……



1959年 商務印書館出版、新華書店北京發行所發行(台灣地理)
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1960年の中国発行の地図
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A::尖閣諸島
B:台湾と沖縄の境界を示す。


1965年
『世界地図集 第一冊 東亜諸国』(1965年、国防研究院・中国地学研究所発行)の表紙
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画像をクリックすると拡大します。

C:沖縄と台湾の境界
A:尖閣諸島
C:魚釣島


中国の尖閣領有ロジック
釣魚島が中国に属すると言える理由

・中国の古い書籍に,尖閣諸島の記述がある。
・中国の古い地図に,尖閣諸島の記載がある。
・だから,尖閣諸島は歴史的に中国の領土である。
・中国はSF条約に参加していない。
・尖閣領有はカイロ宣言による。


古書に尖閣の記述があるとか,地図に載っているとかは,
領有の根拠にならない。
日本政府が領有を宣言したのが1895年。
それ以後,1971年まで中国は領有に反対していない。
それどころか,上記通り,尖閣が日本に属することを認めている。

問題は,言いがかりと言っていいような内容を,
中国は世界中にばらまいていることである。
中国の主張に耳を傾ける人もいる。
日本でも,中国の主張に釣られる人がいる。

日本人の多くが,民主党政権を待望していたのだ。
尖閣が中国のもの,と考える日本人がいても不思議ではない。

中国は,ICJには絶対に提訴しない。
負けることが確実だからだ。
そもそも,中国は国際法とかを認めていない。
国際法を認めるのは,あくまで自国に有利な場合のみ。

日本は宣伝が不足していると思う。
例えば,国連とか世界中の記者の前で,
上記史料をばら撒けば,即座に理解してもらえると思うのだが,
手の内をみせないためなのか或いは中国に対する遠慮があるのか,
随分と大人しい。

以前ならば,日本政府の立場は『領土問題は存在しない』。
だから,目立つことを避けてきた,というのは理解できるが,
現状においては,尖閣は『領土問題』である。
日本政府の積極的な広報を期待したい。

posted by DEBUO at 07:56 | 東アジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする