2012年11月30日

フィリピンの子供

私はマニラのカロオカンというところで,
フィリピン生活をスタートさせた。
カロオカンは,下町である。
観光客はほとんどやってこないし,
やってきてもベテラン以外は遊ぶところを見つけにくいと思う。

在住日本人はそこそこいるようだが,
5年住んでいて,3人しか見かけたことがないし,
しゃべったのは,その内の一人だけだ。

もっとも,日本人というだけで近づこうとは思っていなかったので,
マニラやマカティの日本食レストランやJ-KTVへ行っても,
何か別世界のような感じを受けていた。


フィリピンでの初めての日本人の友人は,
KIMURA・KTVの通称『親父さん』である。

ある日,日本食について検索していた時のことである。
偶然,『KIMURA・レストラン・KTV』という,
日本人経営のローカルKTVの存在を知った。

場所は,LAカフェ(現MBカフェ)のそば,
ある意味,マニラの一等地,激戦地区である。
そこで当時,8年もの長きにわたって店を構えているという。

非常に興味が湧き,話を聞きに行ったのがきっかけとなった。
フィリピンで商売を志す日本人はたくさんいるが,
たいていは失敗する。
ましてや,マニラの激戦地でローカル相手に8年間も続けているのだ。
並の話ではない。


経営者である親父さんに話を聞くと,
水商売の経験はなかったという。
それどころか,設備関連の職人さんだったのだ。

しかも,フィリピンに興味があったわけではなく,
たまたま訪れたフィリピンでフィリピンに嵌った。
というか,嵌められた(詳細省く)。

ネットも満足にない時代,
知合いもいない。
全くのゼロ,どころかマイナスの状態で商売を立ち上げられたわけだ。
苦労が容易に想像できるし,実際,非常に苦労された。

GROの引き抜きはしょっちゅう,
工事代金はふっかけられ,
売上はつまみ食いされ,
あげくの果てに持ち逃げされ,
昼は大使館で働いて赤字補てんに務める。

すごいガッツである。
このガッツを支えたのは,
当時まだ赤ん坊だった息子のS君の存在だったという。


S君はフィリピンで育った子供らしく,非常に素直な子である。
日本のど田舎に行かないと見かけることのできないような,
純朴な気質が,まだ比人の子供には残っている。

もう一つ,フィリピンで育った子供の特質がある。
S君と話していて気づいたのだが,
何時のまにか,年齢差を感じさせなくなってきたことである。

フィリピンでは,日比の年齢差カップルを良く見かける。
商売女のケースもあると思うが,
一般的なカップルでも,歳の差カップルは普通だと思う。

確かに,強欲ピーナにやられてしまっている場合もあるだろう。
しかし,比人は歳の差を気にしない。

私の場合だと,日本人で10歳離れると年齢差を感じる。
20歳離れると,明らかに世代の差を感じる。
フィリピンでは,男女問わずそういうことはあまり感じない。

アメリカンスタイルなんだろうか。
高校生ぐらいの女の子でも,結構堂々としている。
日本の女の子のようなぶりっ子は,フィリピンでは見かけない。

私はぶりっ子が昔から嫌いなのだが,
そういうシナを作ったようなところがフィリピン人女性にはない。
ここは私にとってポイントの高い点だ。


フィリピンでの子育てで色々と考えられる親御さんもいらっしゃると思う。
確かに,教育水準や就職とか難点はある。
或いは,甘やかされて成長したフィリピン人も多い。

そうした点はあるものの,
多くのフィリピン人が持つ素直さとか自然体は,
好ましいものに私には映る。


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posted by DEBUO at 17:00 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする