2010年12月26日

私の食生活

一ヶ月ぶりに,カップヌードル・カレー味を食す。
頂きものである。

さらに,食後の珈琲を楽しむ。
勿論インスタントで,そこにクレープみたいなものを添加する。
これも頂きものである。

 ★Sさん,ご馳走様ですm( _ _ )mp

ここフィリピンでは【高級な食事】である。

使用する水は水道水である。
ちょっと,臭い。

できれば,飲料水を買ってくるといい。
10リットル10p(1p=約2円)程度である。
そうなれば,【最高級の家庭料理】になる。


比の家庭料理は,料理上手のご家庭のなら美味しい。
しかし,売り物の比料理屋のほとんどが不味い。

不味いというよりも,【大丈夫か?】というレベルである。
衛生状態を出来る限り確保するために,
料理方法はしっかりと火を通した料理になる。

ポイントはできたてにありつくこと。
しかし,多くの比料理はバイキングみたいに,
作りおきの料理が大半だ。

雑菌が繁殖している,などと考え始めると,
比料理屋の料理は食べられなくなる。


しかも,比料理屋は材料費に金をかけることができない。
購入側の予算は一人当たり数十pである。
50pを超えると【金持ち】だ。

30pぐらいする肉系惣菜一品で,
家族4人のおかずを賄う。

いや,ご飯に醤油かけて終り,という場合もある。
ご飯は,1kg30pぐらいで6〜7合,
一家4人の1日〜の栄養を支える。
ご飯は炊飯器ではない。薪で炊くご家庭も多い。


カップヌードル(日本版)は100p近くする。
高級食材だ。
ODAオヤジがせっせとフィリピンに運ぶことが多い。

高価だから,一人一品ではなく,
頂きもののカップヌードル一個を
家族全員のおかずにする場合もある。

私のように,【豪勢に】朝食にカップヌードル+コーヒー付,
などというのは,ブルジョア(笑)にしかできないのだ。


さて,最近,在住日本人と交わる機会の多くなった私。
私は金銭感覚や食事の感覚を比人に近づけようとしてきたため,
比人がいきなり日本人社会に入ったような差を感じることがある。

ただ,比人は一般的にあまり日本料理が好きではない。
日本料理というのは,脳を直撃するような料理ではない。

ソース中心のフランス料理や油中心の中華料理に比べると,
味が淡白だ。

だから,日本料理を味わうことのできる人々というのは,
ある程度の教養とか収入のある人が多い。

その日暮らしの人間には満足を与えにくい料理なのだ。

だって,米を握ってその上に魚の切り身を載せて,
それで腹が満腹にもならないのに,数万円も取られる。

絶対に,詐欺だ。

だが,多くの日本人にはわかる。
シャリはただ米を握っただけではない。
切り身はただ魚を切っただけではない。

同じ素材を使ったとしても,
仕事をする人や握る人によって大きな差が出る。


また,生魚は世界的には敬遠される。
原始的な料理に見えるからだ。

しかし,生魚を衛生を保ったまま,
人の口に送り届けることができる,その【意識と技術】。

寿司は,非常に先鋭的な料理なのである。

絵画で言えば,幼児が書くような絵を
世界的な画家が描いて,
それで高額な値段がつくようなものだ。

驚くべきことに日本はそれを江戸時代に達成していたのだ。
江戸時代の文化レベルの高さが偲ばれる。


比人の大多数には寿司は理解できないだろう。
文化の違いは勿論ある。
しかし,それ以上に文化の発達レベルに大きな違いがある。

世界的には,各国・各地のソウルフルな文化もあり,
尊重すべきであるが,
同時に世界共通の都市文化も発達してきている。

同じような服をきて,同じようなファスト・フードを食べ,
モールなどで同じようなものを購入する文化だ。

その都市文化の最上級に日本文化が位置している,
と私は思っている。

ある程度の教養,収入,感性を必要とされるのが,
多くの日本文化である。


だが,今の私は日本文化の底辺と比文化を行ったりきたりで,
比料理をバカにするわけではないが,
日本食は何を食べても美味しく感じてしまう。

日本にいた頃は,
和食と言えば京都の料理屋に行き,
漁港を回って新鮮な魚に感激し,
秋ともなれば木曽や飛騨を駆け巡って新そばを求める,
そういう生活も楽しんでいた。

バブリーな生活は望んでいないが,
ここフィリピンでも
金をかけずにもう少し食生活をアップさせようか,
と考える今日この頃である。


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2010年12月24日

日記

フィリピンはクリスマスで大盛り上がりなんですが,
日本は寒そうですね。

アメリカなんかだと,記録的な寒波だとか。
ノルウェーの知人もメチャ寒いって言ってました。

今年の夏は記録的な猛暑だったんですがね。


さて,その寒波の中,メジャーと契約したのが
今年からツィンズの一員となる西岡剛選手

私はツィンズを結構ひいきにしています。
貧乏球団で,90年代には弱い球団筆頭みたいなチーム,
2001年にはチームが消滅するか,と言われていました。

しかし,地元ファンの熱意もあり,なんとかチームが存続,
そして,2002年になんと地区優勝をしてしまいました。

優勝したときに,選手たちが折り重なるように喜びを表現していて,
それ以来のファンです。


日本の注目ニュースは水嶋ヒロの小説
ベストセラーになっていることでしょうか。

ある文芸賞で1位になった小説の作者が,
実は俳優の水嶋ヒロだ,ということで話題になったことは
記憶に新しいでしょう。

賞金を辞退したり,謎めいた,
三面記事的な話題を提供してきたのですが,
結局は,そういう売り方をした,ということなんですかね。

読んだ人によると,『最低最悪』だそうな。
まるで素人が書いたようだ,ということです。

どの位,最低最悪なのか,読んでみたいですね。
あー,立ち読み,しかも2〜3pで十分なんですが。


フィリピンの注目はクリスマス
他にすることはないのか,
というぐらい,フィリピン人は買い物,レストラン,その他に
ウキウキです。

私たちカバナ周辺在住者が日中クリスマス会を行ったのですが,
奥さんやら彼女とかも同伴でした。

彼女たちを見て改めて思ったのですが,
フィリピン人というのは,本当にシンプルです。
ものすごく分かりやすい。
応対が非常に楽です。だから,こちらも悩まなくて済みます。


逆に,物足りないこともあります。
比人に繊細さ,というのはあまり感じられません。

特に男性。

女性は多少繊細になりますが,
それでも,私とそんなに繊細さは変わらないんじゃないかと思います。

この辺は無いものねだりですかね。
繊細さが過ぎると口うるさくなるし,こちらも気が抜けない。
かといって,あまりにアバウトだと,イライラにつながることもある。


なお,フィリピン人に苦労している,
という方もいらっしゃるかもしれません。

私は,比滞在5年ですが,
それでも比人の行動に驚かされることがあります。

ただ,驚くと思われることに関しては,
あらかじめ押さえを効かせているつもりです。

特にお金関係。

日本人的な金銭感覚を持ったままだと,
どうしても比人はたかってきます。

それを嫌がったとしても,
その場合は日本人側にも問題があると思っています。
ここはフィリピンだからです。

私は,比人はそれほど酷い人種だとは思いません。
大体が善良で素朴な人間です。

但し,だらしない人間はかなり多いですね。

そこを見極めれば,交わり易い人たちだろうと,
思います。


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2010年12月23日

明日はクリスマスイブだ〜

明日は,クリスマスイブです。
日本では,彼女と過ごすことなっていますので,
何度も辛い日々(ToT)を送ってきました。

でも,ここフィリピンは
日本のような,なんちゃってクリスマスではありません。

比人の多くがクリスチャン。
クリスマスを祝う正当な理由があります。

というか,もう9月頃からクリスマスの飾り付けをし,
ジングルベルが鳴り始めるのがフィリピン。

12月は比の習慣でボーナスも出ることもあり,
借金や泥棒・強盗をしてお金を用立てることもあります。
海外OFWも送金にドライブがかかります。


12月に入ると,トラフィックがすごくなります。
モールは満員電車のようになります。

ディビソリア(アメ横のようなところ)へ行くと,
50m歩くのに30分ぐらいかかることもあります。

さらに,フィリピンでは『シンバン・ガビ』というのがあります。
『教会の夜』ということで,
今年だと12月16日から教会で夜明けにミサをするそうです。

それに合わせるように,フィリピン全体のボルテージも一気に盛り上がります。
いや,散々っぱらボルテージは上がってるんですよ,それまででも。
さらに加速しちゃうんですね〜


今は規制が強くなりましたが,数年前だと爆竹を鳴らし始め,
全てのモール・レストランにフィリピン9000万人の人が押し寄せ,
道はますます渋滞し,官庁や会社の業務は滞り始め・・・

携帯も混雑しますし,ネットも状態が悪くなります。
実際,私の周りでは,PLDT,SMART,GLOBE,SUN,いずれも
通信速度が遅くなるばかりか,ネットが繋がりにくくなったりしています。


で,在住日本人が一番気をつけることは,
『メリークリスマス』。

私のように,ケチと思われていればいいですが,
金持ちと思われている人には,ひたすらたかり攻撃が続きます。

フィリピン人は遠慮しませんから。

同時に犯罪も増えます。
気をつけたいものですね。


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posted by DEBUO at 09:58 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月21日

本日はどうも有難うございました。

先週,私は新しいアパートに引っ越しました。
決め手は,周りの景色。
緑がいっぱい。単に草がぼうぼうなんですが。

ただ,家財道具がほとんどないので,
住める状態にするのに結構手間暇がかかります。

というのは,私はマニラに住んでいたとき,
なるべく部屋に物を持ち込まないようにしていました。

引越しを楽にするためです。

当初は,ひと通り揃えたのですが,
アパートを変わったり,
日本に帰国したりすると,
いちいち家財道具をどうするか悩まなくてはなりません。

ですから,エアコン,冷蔵庫,キッチンまわりはもとより,
ベッド,タンス,ソファ,服,
とにかく物をためないようにしていました。


今回は,カバナに腰をおろそうと思っていますので,
ひと通り家財道具を揃えていくつもりです。

しかし,私がずぼらなこともあり,
アパートにはほとんど物がありません。

で,見かねた友人たちにヘルプして頂いております。
掛け布団だったり,
本日は食器とかコンロ,テーブルとかを貸していただきました。

誠にありがたい事ですm( _ _ )mp


ただ,申し訳なく思っているのが,
せっかく物を運んでいただいたのに,
私は物をぞんざいに扱ってしまったことです。

普段の生活がこういう時に表れてしまうのですね。
誠にお恥ずかしいm( _ _ )mp


こうして日本人の方達と交わると,
私の中で錆び付いている部分が色々はっきりしてきます。

元来がずぼらな性格なんですが,
流石にフィリピン滞在5年,それに輪をかけているかもしれません。
日本に帰ったらレッドカードのオンパレードでしょう。

フィリピン流に,と思っていても,
間違った方向に自分がなっている場合がありますから,
なおすべき点はなおしていきたいものです。


本日はどうも有難うございました。


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posted by DEBUO at 19:20 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月20日

最近,いつもヨッパである

日本からお客様が来ているせいか,
連日,酒席である。

酒席というか,馬鹿話席である。
それも,昼間っから飲んでるケースも多く,
この自称社会派ブログもすっかり日記になっている。

ただ,世界の政治経済を概観するより,
その方が楽しいから仕方がない。


私は,通常,世間話を嫌う。
空疎な人間関係に耐えられないタイプなのだ。

だから,一人で行動することが多い。
気を使う時間がもったいない。

ところが,カバナに来たら,
仲間との楽しい時間が増えた。

馬鹿話ばかりか,空想話にまで発展している。


この集まりはロクデナ氏会と名打っている。
多分,女関係はロクデナ氏ばかりだ。

バツ1は当たり前,バツ2,バツ3,バツ5までいるσ(^_^;)

女関係はロクデナ氏ばかりだが,
そう簡単にお目にかかれないような個性が集まっている。

だから,単純な世間話でも面白い。
話に厚みがあるからだ。

その集まりの中から,さらに面白そうな意見も飛び出してくる。

私は半分世捨て人で,そのポジションを捨てるつもりはないのだが,
そうであるからこそ,楽しい方面に建設的なことをしたい。
半分世捨て人だから,できそうなことがある。


ところで,抽象的な話をする。
人は自分の信じたものしか信じることができない。

ストレートを投げたいのに,カーブを投げて打たれれば,
ずっと後悔が残る。

世の中には,それでもカーブを要求する人がいる。
それは正しい要求かもしれない。


自分を信じることができないこともあるから,
他人に頼りたい場合もある。

或いは,自分の気づかない部分に
他人から助言を与えられる場合もある。

誰から助言をもらうのか。
或いは,誰からの助言を受け入れるのか。
その人物の選択も自分の裁量である。

その人物の選択は割合容易だ。
周りがその人物をどう眺めているか。
それを見ていれば,より客観的な判断ができる。


自分を信じ,自分が下した判断,或いは,
自分の信じた人物の判断が違うケースもあるだろう。

しかし,それも全て自分の裁量だ。

自己責任というのは,どこに住んでいようと,
当たり前の真理である。


それを理解しない人物は世の中に多い。
彼の言はひょっとしたら正しいかもしれない。

しかし,彼は私の面倒をみることはできない。
当たり前である。

そのことを理解せずに助言(笑)を与え続ける
脳天気な人は案外,多い。私も含めて。

実に気楽なものだ。


信じられるものは,自分の判断。
カーブの要求にストレートを投げ込んで打たれる。

そこに何の後悔があるのか?


随分,気恥ずかしい投稿のような気がするが,
ちょっと,自分への戒めとして忘備録しておく。

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posted by DEBUO at 04:49 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月18日

今日も酔っ払った

日本からお客様が来ているせいか,
彼をだしにして,飲む機会の多い最近です。

一応,社会派ブログのつもりだし,
プライベートなことを押し出すのは私の本意ではありません。

ただ,周りでおきていることがあまりに面白いので,
酔ったついでに忘備録を。


まずは,私の自慢話から。

私はひきこもりで,人間嫌い,
社会性に乏しく,どう見ても適性は技術者か研究者,
しかも,右と言われれば左とか後ろとか見てしまうタイプです。

そういう人間が営業をするとどうなるか。
売れるわけないですよね。


ところが,毎年数億の売上を上げる,
立派な営業マンになってましたd(^^*)

私のいた業界では,案外いい数字です。
もう,驚きです。

多分,営業に自信がなかったから,売れたのだと思います。
手練手管を弄しなかった(できなかった)からです。

誠実さ,というと格好いいのですが,愚鈍であること,
それが私の武器でした。


それと,私は口下手で,立て板に水というタイプではありませんが,
その反面,私には思っている以上の説得力がありました。

2000年頃でしたか,営業の研修を受けに行ったことがあります。
その時,私がスピーチをして教官を泣かしたことがあります。
感動させて,です。

そんなにたいしたスピーチをしたわけではありません。
ただ,間合いと強弱に気をつけただけです。

それだけでいい大人,しかも営業のプロを感動させたのでした。
人情落語で感動したりしますよね。あれと同じ類いです。


だから,私は考え違いをして
営業会社を立ち上げていました。

それはいまだに正しい選択だったとは思えません。
私は営業マンとしては,様々な適性に欠けています。

もう,大笑いの部類ですが,
しかし,曲がりなりにもそれなりの評価と結果を
私にもたらしていたのでした。


勿論,苦手意識の強い営業を克服するために,
色々な努力を重ねました。

結局,仕事に追われて嫌気がさしてしまったのですが。


半分自慢話を申し上げたのは,営業マンとして苦労した経験が
ひょっとしたら,今に生かされているかも,と思うからです。

私の周囲の在住日本人の方の多くが,
接客業で苦労されてきた方です。

そのせいか,相手の気持ちを忖度するのに長けている方が多い,
と思います。

しかも,差し出がましくない程度に相手を慮る,
そういう行き届いた配慮というのに皆さん長けていらっしゃいます。

紳士と言うには少し憚られる集団ですがσ(^_^;)
有意に年齢を重ねてこられた以上の能力をお持ちの方が
多いですね。

まさしく,比料理と和食の差です。
比人は比人で日本人とは少し違う気の使い方をするのですが,
きめ細かさには,比人と日本人とでは相当な差があります。

それは,比人だから,というのではなく,
日本人の特質なのでしょう。


但し,日本人というだけではその特質を有しているわけではなく,
気を使えない人もいるし,
親切の押し売りになってしまうようなタイプも日本人には
たくさんいます。

魚が欲しいのに肉料理出されても困りますからね。
まあ,美味しければ食べちゃうんですけどd(^^*)


また,私が営業で苦労してきたとはいっても,
相手に適切な配慮ができる,ということではありません。

私も,気のつかないうちに不躾なことをしでかしているでしょうから,
それを考えると恥ずかしくなりますσ(^_^;)


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posted by DEBUO at 10:40 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月17日

またまた酔っ払った

ここんとこ,連日出歩いているというか,
飲酒の機会が多いです。

私は飲むつもりはあんまり無いのですが,
気がつくと仲間が集まり,それじゃあ,という話に自然になります。

お陰さまで,充実した(笑)毎日を過しています。


それにしても改めて思うのは,日本人のきめ細かい配慮ですね。
この点については,昔から私には大いに欠けている点です。

その私でも,普通の比人よりは心配りができるわけで(多分)。
比人がどう,という話ではなく,
繊細さというのは,日本人の特質なんでしょうね。


それから,私の周囲の日本人たちは,
興味深い人が多いと思います。
かなり個性的なんですよ。

現地人さんがそうです。
彼の個性はそんじょそこらに転がってはいません。

ある伝統工芸業界を代表するデザイナーだった人もいます。
ネットを見ると,日本各地にファンがいて驚きます。
勿論,比でも制作活動を続けていらっしゃいます。


そのお二人に負けず劣らずなのが,
カナバトゥアンでライブハウス経営者であるS氏。

そもそも,カバナでライブハウスを立ち上げ(席数400程度),
しかもそれを成功させてしまう,ということに驚きを禁じえません。

しかも,毎月相当程度の売上があるというのですが,
当人は『細かい稼ぎです』と言い切ってしまいます。

S氏は,日本では相当大きな会社の社長さんのようです。
日本とフィリピンを往復してビジネスを展開されております。

判断力・決断力・実行力,人脈の太さ,腕っ節の強さ,
非常にパワーを感じさせる方です。

その上に非常に繊細な方で,気配りが並外れている。
元来,営業畑一筋の方のようです。

まさしく完全無欠の,豪傑であります。


その豪傑で完全無欠のS氏,外見も【男前】です。
ご本人は,若い頃,舘ひろしそっくりだったと言っています。

皆の見立てでは,アンドロメダの舘ひろしとか,
おったちひろしとか,アタチヒロシとか,散々ですσ(^_^;)

私はむしろ中尾彬に似ていると思うのですが,
なぜか本人は嫌がっております。

いつもは謙虚なS氏なのですが,
そこだけはどうしても譲れないらしい(笑)

だから,次からは星の王子様と呼ぼうかと思っておりますd(^^*)


さて,周囲の在住日本人の多くに共通するのは,
人を見抜く力ですかね。

実は,ここのところ日本からお客様がいらっしゃっています。
とある有名ブログの管理人です。

彼はタクシードライバーや探偵の職歴もあるそうです。
その彼は,僅か数日の滞在で
我々の特質をずばり言い当てられておりました。


やはり,年齢を重ね,特に人と対する職業に就かれている方は,
人の洞察力が鋭いですね。


この点で特筆すべきは,現地人さんでしょう。

彼は,長年PPのオーナーをされていたせいか,
或いは,幼少の頃からそうだったのか,
初見でかなり深い洞察をします。

彼のすごいところは,それだけではないですけどね。
何しろ,
  僻地の山道を鍋もって歩いている美少女に声をかけ,
  彼女の家にまで行き,
  鶏美人四姉妹をドライブに誘う,
そのスキルたるや,並外れたものがあります(笑)


逆に誠に失礼ながら,
そういうことが不得意そうな方もいらっしゃいます。

私も不得意組ですかね。
私のようなタイプはKYとか言われて,
空気の読めない人間とされます。

でも,皆さん,いじめたりしないでねm( _ _ )mp


さて,フィリピンの片田舎で盛り上がっている(笑)ロクデナ氏会ですが,
件の元探偵氏がいいことをおっしゃっていました。

この会は,気のあった男同士だから良い,ということです。
ここに奥さんや彼女を絡ませると,人間模様がややこしくなります。

確かに,奥さん・彼女同士の交流は各自が個別にされた方がいいと,
私も思います。

気楽な集まりなのに,無理するのは避けたいですね。


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posted by DEBUO at 07:24 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月15日

また酔っ払った

日本は寒いんですかね。
ヨーロッパもアメリカもなんだか寒いらしいです。

半年ほど前は史上空前の暑さでヒィヒィ言ってたくせに,
多分,彼らはそんな記憶すっかりなくしているでしょう。


さて,本日は日本からお客様がいらっしゃいました。
お会いするのは初めて(メール交換もなかった)です。

彼は,【恥多き我が人生】というブログの管理主です。
どうやら,私と同学年です。


これ,言っていいかどうかわかりませんけど,
このブログはトラップブログだったんですよ。

我々に害をなす人物がいまして,
その人物のゴキブリホイホイだったわけです。

わかりにくいとは思いますが,私も説明するのが面倒くさいd(^^*)


ゴキブリホイホイの役割は果たせませんでしたが,
あまりに抱腹絶倒ブログだったため,
ブログランキングもあっという間にベスト10。

しばらく休止していて,再開したらやっぱりあっという間にベスト10。


本日は,朝から散々っぱら痛飲されてたみたいで,
カバナに来たときは出来上がってました。

で,彼を歓迎するため,例によって
NEパシフィックの前にロクデナ氏会のオヤジが10名近く集合。

さらに,軍団の一人,ライブハウスオーナーS氏の計らいで,
場所を彼のライブハウスに移して歓談会。


オヤジが集まると見栄えがよくありませんd(^^*)

会長であるガブさんは,店の女の子に早速キスしまくっています。

会最大の野獣属毒野獣科のS氏は,
私の次に会の良心であるT氏をいじりまくり。

ライブハウスオーナーの野獣属妄牛科のS氏は,
若い頃は舘ひろしそっくりだったと言って譲りません。

ひょっとしたら,アンドロメダの舘ひろしなのかもしれません。


私は野獣属の方からの追撃をかわしつつ,
美味しい料理をバクバク。

Sさん,いつもいつも,誠に有難う御座いました。


私は,その後,SOGO近くのディスコバーで
ビール2本飲んで帰りましたm( _ _ )mp


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posted by DEBUO at 02:42 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月13日

コーヒーは淹れてから30秒経った時がベスト

喫茶店でアルバイトしていたときに覚えたコツです。
コーヒーは淹れたてよりも,30秒ほど待った方が,
おいしくなることがあります。

気泡が消えて味が安定するからです。

人の繋がりもそういう面があるかもしれませんね。
異性だろうと同性だろうと,
初対面の印象というのは非常に大切なのですが,
安定感に欠けるかもしれません。

むしろ,交わるうちに違う面に気づき,
それが後の関係に大きな影響を与えることもあります。


現在,私の周りでは在住日本人の集まりができておりますが,
まだ出会って間もない方も多いため,
淹れたてのコーヒーのように気泡があるのかもしれません。

気泡に気をとらわれて
本当の味を見落としているかもしれないのですよ。


しかし,交わるうちに
少しずつ関係が好転しつつあることを実感します。
それは私だけの話ではありません。
それぞれの関係が,です。

人間相関図の色合いが変化していくのを感じるのは
結構楽しいものです。

これは,比人との付き合いの中では,
なかなか得られることができなかったものです。

いや,日本人同士だったとしても難しいかもしれません。

先日も投稿しましたが,カバナでの在住日本人の集いは,
  オヤジばかり
    ⇒棘がとれている
  人生経験の深い方ばかり
    ⇒相手の立場をすぐに理解できる
  フィリピンで苦労してきた
    ⇒すぐに比の悪口をいいあえる(笑)
という共通項があります。
さらに,
  今まで在住日本人の繋がりが少なかった,
  つまり異邦人の孤独を味わってきた(推定)

これが大きいかもしれません。


日本人の相手を慮る繊細さというのは,
フィリピン人とは比べるべきもありません。

言葉が通じる,という意味合いだけじゃなく,
日本人のきめ細かさというのは,
ちょうど,和食と比料理ほどの差があります。

比人でも,相手を慮る人はたくさんいます。
しかし,大抵は木目の細かさを感じさせるものではありません。

そもそも,基本的には比人は自分が可愛い民族です。
そして,これは外国人に多く見られる特質だと思います。

味気がないとはいいませんが,
フィリピンのような,比較的プラグマティックな社会で
砂を噛むような生活を続けていれば,
日本人という存在がより有り難く感じるかもしれません。

作りおきの比料理ばかりで数年を過ごした後に,
上質の和食を食べたら,どれだけ美味しく感じることか。


しかし,日本人というだけでは不十分でしょう。

ある在住日本人が,比のある地域の日本人会の話をしてくれました。
そこでの会話は車を買い換えたとか,
誰それの家はどうだとか,
つまり,物質的なもので競争しているように見えたそうです。

本当のところはわかりませんが,
もしそうだとすると,大変残念なことです。

わざわざフィリピンにまで来て,
物質的なヒエラルキーを求めるなど。


或いは,多くの日本人男性はフィリピンで買春に励みます。
それを非難するわけではありませんが,
多分,3年ぐらいで飽きちゃうんじゃないでしょうか。

多くの場合,そこに精神的な充足感がないからです。
偽りの恋愛をしても,虚しいだけです。


まあ,余計なお世話ですよね。
ひょっとしたら,
日本の生活が厳しいのかもしれません。
或いは,若い子に触れるだけでも天国,
という場合もあるでしょう。

ただ,同じ和食でもいろいろな場合がある,ということです。


カバナのロクデナ氏会は,
物質的なものもひと通り経験された方が多いせいか,
車を誇ったりしませんし,
家の大きさを競ったりもしません。
  ※車が趣味なら話は別

もし,低次元の見栄を張られる方でしたら,
我々から弾きだされるでしょう。

家を建てられた方は,必要だから建てた。
車を持っている方は,必要だから所有した。
そういう意味合いでしかありません。

少なくとも,物質的な欲はひと通り経験された方
ばかりだと思うのですよ。


例えば,50万円もするようなメガネを掛けている
超お金持ちが我々の仲間にいらっしゃいます。

そのメガネは犬によく齧られるそうです。
その方はそのことを少し嬉しそうに話してくれました。

そこに自慢とか嫌味とかは一切感じられません。
自慢することがあるとするならば,犬自慢ですよね。
まあ,犬バカですかσ(^_^;)


ただ,どうにも女には懲りない方が多そうなのは,
この会の欠点かもしれません(笑)
いや,悲しい男の性かσ(^_^;)

何しろ,バツ1は当たり前,
バツ3とかバツ5までいますから(笑)


良くも悪くも人生の達人(笑)が,
カバナのロクデナ氏会ですd(^^*)


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posted by DEBUO at 13:00 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月10日

ヌエバビスカヤは天国だった の後

先日,誘われてヌエバビスカヤ(NV)に行ってきました。
あんまり深く考えて向かったわけではないのですが,
予想をはるかに超えて

楽しかった

ですね。

  木こりで生計を立てる鶏四姉妹のいる家庭訪問,
  なかなかお目にかかれない山頂から眺める風景
  CPの抜群に高い,山の麓にあるローカル・バー
  しかも,仲間たちと小学生の遠足のように騒いでの小旅行。

楽しくないわけがありません。


その翌日。
私がT氏(NV同行組)と馬鹿話をしていると,
S氏(はぶちょ組)からT氏に電話が。

どういうことだ〜

さんざんお叱りを受けましたσ(^_^;)アセアセ...。
彼も鶏美人四姉妹に会いたかったようです。

月曜日の夜遅くに急遽ヌエバビスカヤ行きが決定,
翌日八時にカバナ出発。
Sさんは,マニラに行っててオネーちゃんとドンチャン。
無理だって〜


というか,あまりの羨ましがられ方に驚きました。
で,ちょっと考えてみました。

日本在住の比嵌りオヤジにとっては,
比移住自体が羨ましいかもしれない。

仮にしょっちゅう渡比していても,
遊ぶのはマニラとかアンヘレス。

田舎に行ったとしても,そんなに行動半径は広くない。
せいぜい彼女の家周辺をぶらっと回る程度。

じゃあ,比在住組は濃い生活をしているかというと,
やっぱり,家族,特に奥さんの行動パターンを越えることはあまりない。

女性は通常,行動半径が狭いから,
日本人旦那の行動半径も狭いのが普通。


いや,そもそも今回の主導者である,現地人さん
こういう比案内人は,そんじょそこらに転がっているわけじゃありません。

僻地の山道で鍋を持って歩く若い女性に声をかけて,
さらにはその家庭を訪問し,
果てには美人4姉妹をドライブに連れ出す,
なんてことができる日本人が,果たして何人いるでしょうか?


その現地人さんのブログ。
比関係ではダントツの一番です。

2番の方のブログがちょっと不思議な感じがすることを考えると,
さらにダントツの一番です。

日本・比在住関係なく,
比関係でもっとも注目を浴びているブログであり,
ひょっとすると現地人さんは,
現在一番注目を浴びている比関係者かもしれない(^^*)


その現地人さんと,

  木こりで生計を立てる鶏美人四姉妹のいる家庭訪問,
  なかなかお目にかかれない,澄み切った山頂から眺める風景
  CPの抜群に高い,山の麓にあるローカル・バー

  しかも,仲間たちと小学生の遠足のように騒いでの小旅行

日本やフィリピンで煩わしいことに追い立てられている方には,
きっと別世界のように見えたかもしれません。

いや,申し訳ないm( _ _ )mp だって,

楽しかった


のですよd(^^*)


posted by DEBUO at 10:26 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月30日

とりとめのない話番外編

日本の多くのオジサンたちは疲れている。
オバサンも疲れているのかもしれないが,
私は男なので,女のことはよくわからない。
とにかく,日本の多くのオジサンは疲れている。

上からは大量のノルマを押し付けられ,
下からは突き上げられ,
子供の教育費でひぃひぃ言っているから,
ストレスを解消する場所も限定され,
家へ帰れば主人とは名ばかりで下手するとゴミ扱いされ,
そんなかんなでオジサンたちは疲れている。

疲れている,どころではない。
40代のおじさんの多くが欝状態だという統計もある。

40代に自殺や突然死が多いのもそれを悲しく裏付ける。


ストレスを発散できないオジサンは,せめて妄想で自分を慰めようとする。
ここではないどこかで,日がな脳天気に楽しく暮らす生活を,だ。

フィリピンにハマるオジサンたちの多くは
そういう毎日を思い描いているのかもしれない。

娘か孫のような若いオネーちゃんとフィリピンの田舎で農業でもやって暮らし,
将来は年金で・・・という夢だ。


しかし,その夢を実行に移すのか妄想のままで終わらすのかには
とても大きな壁がある。

多くのオジサンたちはそれを実行に移せない。
  家庭がある。
  年老いた両親がいる。
  会社の重要なポジションだ。
  ローンに追われている。

仮に上記の環境がクリアできても,
あるは,クリアせざるを得ない場合でも,
(事業に失敗したとかの場合)
じゃあ,日本を飛び出してフィリピンへに移住するか,というと,
なかなか踏ん切れるもんではない。


少し話を転回する。

私は学生の頃,音楽活動をしていた。
私の周りには,おそろしく上手い人達がいた。

ところがそういう人たちは大抵プロにはならない。
プロを目指すタイプは決まっている。
何にも考えていないタイプだ。

公務員的なタイプと対局にあるのが,
プロを目指す音楽家,というものである。

公務員的,というのは,
既に20代で老後のことを考えるようなタイプだ。


フィリピンに移住してくる,という人はプロを目指していた
私の知り合い達に似ている。
多分,あんまり人生を深く考えていない(笑)。

何を好き好んで日本を離れる必要があるだろう。
日本人にとって日本は最高の環境を持つ国だ。


いや,日本を追い出されるようにしてきた人もいるだろう。
過去の事情は私にはわからない。

しかし,積極的に或いは消極的にフィリピンに来たのを問わず,
私同様,彼らの頭のネジが2〜3個とんだ,と思われる(笑)。


青い空と海,優しい人々,ゆったりと流れる空気,
(ついでに,キレイなネーちゃん)
そんなことで頭が一杯だ(笑)


たが,そうやって脳天気にフィリピンに来ても,
なかなか生活するのは大変だということがすぐに解る。

私の住んでるカバナトゥアン。
あるビレッジに8年ほどお住まいの方がいる。

その間には,何人もの日本人が周辺に住まわれたそうだ。
しかし,彼を除いて,全て帰国してしまったという。

  食事があうのか,
  外国語は話せるのか,
  文化的な違いに馴染めるのか,
  日本を押し出すぎてはいないか,
  その他,環境の違いに合わすことができるのか,

  或いは無謀にも勘違いして事業をしていないか,
  親類や周りの人間にたかられても拒否できるか,

  暇な時間がたくさんできた場合,
  暇つぶしの方法をたくさん知っているか,

フィリピンに限らず,外国で暮らすにはいろいろなハードルがある。
脳天気では乗り越えられない部分も出てくる。

それを乗り越えて長年海外に移住されている方,
というのは多分,立派な世界人だ。

馬鹿左翼の言う世界市民(笑)とは違う。


それに,忘れてはならないことがある。
移住を決意された方,というのは2〜3個ネジが吹き飛んでいる(笑)
ということだ。

日本の枠組みにハマらなくなった,ということである。
そういう意味でも世界人になったと言えるのかもしれない。

私も無論,立派な世界人だ。
立派な世界人というと聞こえはいいが,
(笑)が10個ぐらいつく世界人(笑)だ。


posted by DEBUO at 00:00 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月29日

とりとめのない話10

とりとめのない話9の続き

さて,スパマーMの調査は佳境を迎えつつあったが,
それに並行して,私の私生活にも変化が訪れた。

マニラ脱出である。

マニラの害毒に魅せられたマゾの私であったが,
既にマニラの害毒はただの害毒でしかなかった。

害毒に立ち向かうということに意義がなくなっていたのだ。
それは,マニラとの関わりに見切りをつけたことと同義である。

新たなステージを求めて,私はヌエバエシハに引っ越すことにした。
それは本当のフィリピンとの出会いである(と私は思っている)。

  ジープの吐き出す黒煙の代わりに,草木の香り
  トライシケルが撒き散らす爆音の代わりに,セミの声
  深夜に及ぶカラオケの代わりに,虫の音
  毎晩,部屋に飛び込んでくるゴキブリの代わりに,アゲハ蝶
  ゴミで埋め尽くされる用水路の代わりに,小川のせせらぎ
  より素朴な人々,より自然な笑顔,より安全な街角

ヌエバエシハにはそういう環境が待っていると思ったのだ。


『被害者友の会』の一人B氏が偶然ヌエバエシハ在住だった。
それで,荷物運びをB氏に助けてもらうことにした。

新たなフィリピンを目指すつもりだったし,
確かにその目的は叶いつつある。

  くどいようで恐縮だが,

  ジープの吐き出す黒煙の代わりに,草木の香り
  トライシケルが撒き散らす爆音の代わりに,セミの声
  深夜に及ぶカラオケの代わりに,虫の音
  毎晩,部屋に飛び込んでくるゴキブリの代わりに,アゲハ蝶
  ゴミで埋め尽くされる用水路の代わりに,小川のせせらぎ
  より素朴な人々,より自然な笑顔,より安全な街角

環境が激変した。
嬉しくないわけがない。


上記以外にも,
あまり考えて見なかった嬉しい出来事があった。

カバナトゥアンに引っ越してまもなく,
B氏を起点として,様々な在住日本人と知り合うことになったのだ。


驚いたことは,簡単には知り合えないような個性の強い方が
多いということだった。

バツ1は当たり前,バツ3とかバツ5(笑)とか,そんな面々である。

そういうと3面記事的な理解をされる方もいるかもしれないが,
そうではなくて,人生経験が多様で深い,ということだ。


さらに,カバナ在住の方達は,境遇に私と近いものを感じた。
格好よく言うと『戦友』。

過酷(笑)なフィリピン暮らしを生き残ってきた(笑)
同類同士というところである。


フィリピンのしかもヌエバエシハにこられた理由は,
彼女或いは奥さんがここに住んでいること。
ただ,そこに到るまでの背景は様々であろう。

しかし,フィリピン暮らしをされた日本人の多くは,
強烈なカルチャー・ショックに見舞われると思う。

あまりの環境の激変にショック症状を起こす場合もある。
私など,住み始めて3ヶ月目のあたりでは頭が沸騰しそうだった。

それを乗り越えるとフィリピンが体に馴染んで随分住みやすくなるのだが,
そこまでに至らず,2〜3年で移住を諦めてしまう人も多い。


また,フィリピンが体に馴染んできても,
積極的にフィリピン社会に飛び込んだ場合,
多くの在住日本人には孤独が付きまとうのではないかと思う。

奥さんの実家に住んでるような場合だ。

例え家族であっても,向うは比人である。
言葉の問題以前に考え方が相当違う。

濃いコミュニティであればあるほど,
異邦人である日本人の異質さが浮き上がってくる。

まともにフィリピンと向きあえば向きあうほど,
フィリピンから遠くなる,という逆説にもなりかねない。


カバナで出会った方たちは,間違いなく同じような苦労を味わい,
そして,何らかの孤独を抱えているんだろうと思う。

似たもの同士が集まれば,理解し会えるのも速い。
しかも,濃い方ばかりで,人間に味わいがある。
先述したが,バツ1は当たり前,バツ3とかバツ5もいる(笑)

破天荒な人生を送られた方も多い。
言い方を変えれば,日本の枠に収まりきれない人たちばかり,
ということだろう。

私は,個性的な人間が好きである。
まあ,私自身が少しひねくれ者なんだが。


今までの流れを考えてみると,
私の現在のポジションはその流れ抜きには考えられない。

5年前にポッとカバナトゥアンにきたとしたら,
また違ったフィリピン・ライフを送ったと思う。

人の集まりだから,良いこともあり,悪いこともあるかもしれない。
また,関係の濃淡は当然でてくる。

ただ,良い場所に良いタイミングで
引っ越してきたなぁとは現在の実感である。


とりとめのない話おわり



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2010年11月28日

とりとめのない話9

とりとめのない話8の続き

モニュメントに4年住んでいたが,
日本人の知り合いは殆どいなかった。
何しろ,周りに日本人がいない。

日本人の影はほうぼうにあったが,
仮に日本人の旦那がいても,彼は日本在住だった。

エルミタやマカティには行けば,日本人はたくさんいる。
しかし,駐在や観光客とは住む世界が違う。

単純に言えば,金銭感覚の桁が違う。
それと,フィリピンに溶け込むにつれ,
日本人的な感覚が薄れていく。

逆に日本人的な感覚を保とうとすると,
フィリピンに対する不満が募っていくことになる。
フィリピンに住む以上,日本人的な感覚が薄れていくのは当然だ。

どうしても駐在や観光客とは感覚にずれが出る。
そして,そのずれを彼らは適切に把握できないんじゃないかと思う。
自分の知らない世界はなかなか理解できないと私は考えたからだ。

フィリピンに溶け込もうと奮闘していた私は,
あまりエルミタやマカティの日本人に近づかなかった。


それに,エルミタやマカティに行くのは億劫だった。
片道1時間以上かかるのと,
深夜,エルミタやマカティから帰宅するのも少し嫌な感じがした。

例えば,ホールドアッパーにあって文無しになったとしても,
自宅のそばなら歩いて帰ることができるが,
エルミタからだと自宅まで10km以上あり,
さらにトンドやサンタクルズのあたりを深夜徘徊するのは,
ちょっと怖い。

だから,マカティやエルミタ・マラテ方面は,
日中に飯を食いにいくならともかく,
飲みに行くことは滅多になかった。
J-KTVにも興味はあまり無かった.


だが,いつの間にかエルミタ・マラテには毎週通うようになる。
KIMURA⇒大虎+多国籍な店巡りをするためだ。
(多国籍:中国系,韓国系,中近東系)

それは2009年のはじめ頃から始まった。
フィリピン人との関係がますます疎遠になり始めたのと呼応している。


KIMURAはローカル中心の店。
大寅は,在住日本人中心の店。

KIMURAも大寅も日本人観光客が多いが,
よりディープなフィリピンを求める人が多い。

比ハマり度の強い観光客が多いように見受けられたのだ。

例えば,KIMURAでは美形が少ない。
それでも,KIMURAに根強い人気があるのは,
オヤジさんの魅力もあるのだが,
J-KTVよりも生のフィリピンを楽しめるからだ。

KIMURAはフィリピン中心の店,
大寅にしても比人や韓国人もくる。

J-KTVや他の日本料理店ほど日本人寄りではなく,
かといって,普通のローカルよりは日本人寄り,
それがKIMURAや大虎だった。

フィリピンに溶け込もうと決心しつつも,
結局,及び腰のままだった私が,
私と似た様な境遇である在住日本人に出口を求めたのは,
自然な成り行きだったのかもしれない。


ただ,KIMURAや大虎に通ううちに,
私はあることに気付き始めた。

私は,フィリピンに溶け込もうと思うあまり,
心を頑なにしていたのだ。

私は偏屈者のA型で,若干視野が狭い。
それを,フィリピンに嵌った方達から教わることになる。

教わる,といっても私が説教をくらった,ということではない。
当たり前の話だが,各個人別にストーリーがある,
ということに気付き始めたのだ。

彼らは,人生の黄昏を迎えつつ,
なおのこそ,更なる何かを求めて夜のマニラを彷徨い歩いていた。

それは,私の相似形であった。


そう私が気付き,自分の心にへばりついていたものが
少しずつ溶け始め,
私の心が弾力のあるものになりつつあった時に,
ある人達と知り合うことになる。

きっかけは,KIMURAにまつわるあるトラブルだった。
  ★ネットスパマーたち
  ★ネットスパマーたち その2 

KIMURAのコメント欄に執拗にスパムコメントをする人物を
追いかけていたときのことである。

この人物(仮にMとする)にはオヤジさんも相当頭を悩ましていた。
そして,驚いたことに,この人物Mは,
ほうぼうでやらかしていたのだ。

その人物Mから被害を被った人たちと私は知り合うこととなった。
きっかけは,オヤジさんの紹介である。
なかなか強力なメンバーだった。

ネットやソフトウェアの専門家もいた。
かなりのプロフェッショナル集団である。

こうして,『被害者友の会』による追跡調査が開始された。

その件に関しては,上記リンクを参照されたい。


とりとめのない話10に続く



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2010年11月27日

とりとめのない話8

とりとめのない話7の続き

比人で一番仲の良かった友人との関係が
だんだん疎遠になったのだが,
彼をくさすわけではないが,
仲が良かった,と言ってもこの程度の友人関係なら,
日本人となら何人でもいる。

それこそ,居酒屋で数度会ったばかりの人でも,
容易に築けそうな関係だった。

比人と濃い人間関係を作るのは私には難しい。
言葉の壁以上のものがそこにある。

多くの比人は,濃い人間関係を求めていない。
というよりも,他人と濃い人間関係を作ろうとは
思っていないんじゃないか。

比人の人間関係の基本は『広く浅く』だと思う。
迂闊に入り込むとマズイ場合も多い。

寸止めの関係,というのがいい塩梅の比人との人間関係だ。
(あくまで,一般的な話である。どこにでも例外はある)


誤解のないように申し上げるが,
フィリピン人と濃い人間関係を作ることは可能である。

私の最初の彼女のご家庭,
私が彼女に振られてからも親しく付きあわせて頂いた。
私は彼らの『準家族』という位置づけだった。

ポイントは家族の一員,というところにある。
フィリピンでは,日本のような友人関係は薄くなりがちで,
家族と認められると,とたんに関係が濃くなる。

彼女に振られたときに,じゃあ,彼女の妹はどうか,
つまり,彼女の妹と結婚しないか,
と勧められたことがある。

それはフィリピンスタイルで,特別のことじゃない,
ということらしい。


彼女の妹は,彼女以上に美人だった。
モデル並みのスタイルの持ち主で,性格も悪くはない。
私の出会った美人ビーナBEST3の一人である。
色が白ければ,テレビに出ていても不思議でないくらいだった。

だから,少しの間,私も気持ちが傾きかけたが,
性格が今一つあわなかったのと,
そもそも結婚する気は当時の私にはなかった。

私は,あまり結婚に向いているタイプではない。
  ルーチンを嫌う
  束縛を嫌う
  常識を嫌う
  子供が好きではない
  一人でいることが好き
そういうタイプの人間が家庭を維持するのは
甚だ難しい。


それに,その家族は模範的な一家だった。
敬虔なクリスチャンでモラルが高く,向上心も高い。

しかし,その一家は向上心との引換に,
周囲からは,お高くとまっているように見える家族だった。

だから,彼らは周囲との付き合いが殆どない。
彼らの家族の一員になれば,
フィリピンでの人間関係が狭くなるのは目に見えていた。

私がマニラを好むのは,
雑然として欠陥だらけの街だからだ。

『パーフェクト』を目指そうとする家族の一員になるには,
私はどうしようもない中途半端ものだった。


とりとめのない話9に続く


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2010年11月26日

とりとめのない話7

とりとめのない話6に続く

街角に馴染もうと言いつつ,どこか及び腰の私,
知り合いと友人の中間程度の関係の比人はたくさんいた。

路上で会えば挨拶する,
飲み会をしていれば参加する,
その程度である。

しかし,一緒に遊びに行くとか,
お互いに悩みを話し合ったりとか,
そういう関係を築いた比人は,一人だけだ。

彼をMとする。
Mは,カレッジ卒,元はフィリピンを飛び回った営業マン,
時間や金に正確な独身男だった。
年齢は私の6つ下。

現在は,あまりまともな職がなく,
ペンキ塗りやケータリングでなんとか生計をたてている。


クラブで働いていたこともあり,
また,フレンドリーな男で,
善人悪人関係なく交友関係が広かったこともあって,
あまり真面目なタイプとは思われていないようだった。

だから彼を信用するな,という忠告は何度かもらったが,
彼とは馬が合った。

打算,ということを言えば,私にもあったのだ。
彼は比較的周囲に睨みが効くことを含めて,
人間関係の広い男だった。
夜の世界にも詳しい。

だから,彼と一緒にいることは,私のセキュリティにもなった。
ホールドアッパーなど,邪な人間も何人かいたが,
そういう奴でも『Mの友達』ということで一目おいてくれたのだ。


それに,金銭関係を含めて
彼から裏切られたと思えるようなことはなかった。

彼は夜の世界にもいたが,女を弄ぶようなタイプでもない。
女に対しては,真面目なタイプだった。
(冗談好きではあったが)

また,浮浪児になけなしのコインを与えたり,
そういう優しさのある男だった。


どちらかというと悪友という関係はしばらく続いた。
しかし,その関係にすきま風が吹き始めるのは,
彼が彼女と同棲(事実婚)し始めてからである。

日本でもそうだが,家庭を持つと急に付き合いが悪くなることが多い。
フィリピンでは日本よりそういう傾向が強い。

それに,彼は家庭を持ったことに大変満足しているようだった。
彼はずっと寂しかったのである。
その気持は痛いほど私は理解していた。

彼女には2歳の連れ子がいたが,
まるで自分の子供のように可愛がっていた。
自分の子どもができたときは本当に嬉しそうだった。

だから,私も彼の家族に祝い事や問題があると,
それなりの友情を示していた。


しかし,フィリピン人は日本人以上に家庭を大切にする。

前回,フィリピン人の人間関係は浅いと言った。
それはあくまで他人との関係である。

そのかわり,比人の家庭関係は濃い。
Mも当然のように家庭中心の生活になる。

私はただの遊び人だ。
どうしても,すれ違いが出る。

具体的に言えば,我々の溜まり場があった。
彼はそこに顔を出さなくなった。

彼はいつも家族と一緒である。
私はあまり家庭的な雰囲気が得意ではない。

それに,彼の奥さんは英語が全くしゃべれなかったのと,
物の考え方が私と全然違うタイプだった。

だから,彼の家に行くと,なんとなく気詰まりになった。


それと,家庭を持ったことで彼はますます金に困るようになっていた。
以前とは違う人間関係が生まれるようになっていたのだ。

結局,彼とは少しずつ疎遠になってしまった。


とりとめのない話8に続く



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2010年11月25日

とりとめのない話6

とりとめない話5の続き

日本からマニラに戻ってきて,夜の生活で荒んでいたとき,
私の残り少ないまっとうな神経は,ブログへ向かわせた。

そして,もう一つの変化はフィリピンに馴染もう
と決心したことである。
フィリピンと正面から向き合おうと思ったのだ。

具体的には,私の二つ目のアパートの近くの街に
お客さんとしてではなく,街の一部として同化する試みを始めた。


マカティでコンドを買い,KTVとゴルフ三昧というコースもある。
セブの海岸で日がなゆったりとハンモックに揺られるコースもある。

私が選んだコースは,マニラの下町,モニュメントのこの汚い路地,
ここで暮らすことだった。

  トライシケルやジープの吐き出す黒煙で汚れた空気,
  うっすらと黒く汚れた水道水,
  道路は犬の糞が点々とし,
  排水路はゴミで覆われ,
  雨が降ると,それらと共に道路一面が冠水,
  カラオケや赤ん坊の鳴き声が朝方まで続き,
  暗がりではホールドアッパーやドラッグ中毒者のさまよい,

そういう街で暮らすことを決心したのだ。

日本に戻ったときに,日本の質の高い,しかし活気がなくて
灰色に見えた風景の代わりに私が求めた場所が
このどぶ色の風景だったのだ。

まるで,マゾかと思えるような心境だ。
ただ単に道路を歩くだけで,神経をささくれさせた。
しかし,そういうことが私に大きな刺激を与えていたのだ。

マニラは私の気持ちをささくれさせただけではない。
この街には,人間の原点が凝縮しているような気がした。
それは良い意味で,である。


フィリピン人には確かに悪人もいる。
しかし,大概は善良だし,
悪人と呼ばれるケースもむしろだらしなさに起因する場合が多い。

そのフィリピン人の善良さは,コミュニティの内側に入ると,
しっかりと実感することができる。
彼らは仲間の一員として迎え入れてくれるのだ。

下町人情,というのがこの路地にはあった。
気持ちのいい人間が多かったのだ。

何しろ,この場所は,
マニラの中でもどちらかというと貧しい地域だ。

見栄の張れるような場所ではない.
確かにそれなりの見栄もあるのだが,
むしろ,皆が自然体で生活しているように見えた。

一言で言えば,虚飾のない世界。
犯罪とかに気を使わなくてはいけないが,
しかし,人間関係は楽で,
肩の力を抜いて毎日をすこすことができた。


この街で地に足がついた生活を営むために,
まず私は,比料理にチャレンジした。
これは相当な『決心』だった。

それまでは自炊か最低でもファストフード。
何しろ,トロトロなどの作りおきの料理はかなり不味い。
不味いだけじゃなく,衛生的にも問題がありそうだ。

冗談抜きで,自分の命を縮めるかもしれない,
トロトロの作りおき料理を口にすることには,
私には相当な抵抗があったのだ。


それから,比人の物価水準をわきまえること

だから,飲みに行っても数百pということが多くなったし,
サリサリストアとか路上のパーティに参加した時も,
できる限り拠出することを抑えた。

誰かの誕生日とか,金の無さそうな時期には弾んで,
普段はむしろ飲み食いさせてもらう立場にいた。

持ちつ持たれつというのを意識したのだ。
なるべく,フィリピン人の目線を自分のものにしようとした。


この時,注意が必要なのは,
自分の財布の中身を比人に見せないことである。

日比の物価水準や収入の差ゆえに,
日本人は知らず知らずのうちに,
比人に財布の大きさを見せてしまう。

多くの日本人はそれを後で後悔するのだが,
こればかりは実地で習得しないとなかなか身につかないと思う。

しかし,財布の中身を見せない,という気持ちが強すぎたのか,
私は非常にケチになった。


タガログ語を習得する気持ちにはあまりなれなかった。

私の頭が悪い,ということもある。
が,それ以上にフィリピン人に興味が湧かない,
ということが大きい。

彼らに深入りしようとは思わなかったのだ。

比人とは広く浅くの関係になりがちである。
それは,私が日本人だから,ということではない。
比人の他人との人間関係の基本が,広く浅くだと思うのだ。

それに,彼らには申し訳ないが,
深い精神性や考えが彼らにあるようには思えなかった。

だから,タガログ語を習得しても,
比人と深いコミュニケーションがとれなかったと思う。

英語と片言タガログで十分だと思えたのだ。


また,広く浅く,という態度はおそらくリスクヘッジにもなった。
一般的にフィリピン人と濃い人間関係を結ぼうとすると,
その思いはかなわないか,或いは裏切られることが多いと思う。

下手な義侠心や同情心を持ってしまうと,
フィリピンでは底なしにハマる可能性が大きい。


結局,馴染もうと決心したと言いつつ,
どこか及び腰の姿勢がその後ずっと続くことになる。


とりとめのない話7に続く



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とりとめのない話5

とりとめのない話4の続き

ブログを始めて立ち上げた私。
DEBUO日記アジア情報

当初はさほど目的があったわけではない。
フィリピン移住を目指す人のために,
実際的な情報を送り届けようと思っただけだ。


しかし,それはすぐに行き詰まる。
私はもともとフィリピンに興味のなかった人間だから,
フィリピンに関しての知識がまことに薄い。

だから,私のライフワークを投稿し始めた。
嫌韓ブログに変貌したのである。


私の嫌韓は1990年頃から始まる。
きっかけは,ソウルオリンピックとNIES騒ぎであった。

ソウルオリンピックは韓国の判定に我慢ができなかった。
NIESについては,ゴールドスター,
現在のLG製再生デッキを買ってすぐに壊れたのだが,
それを直してくれなかったのに強い不満を感じていた。


明らかに嫌韓になるのは,従軍慰安婦騒ぎの時だ。
暇があると,本屋・図書館に通いだし,
何か新しい情報がないか調べ始めていた。

当時の一番の楽しみのテレビ番組は,
BS深夜のKBS(韓国国営放送)だったくらいである。

さらに,仕事での韓国とのやりとりが嫌韓感情を爆発させた。
当時の韓国は今ほど日本に知られていなかった。
あまりの韓国企業の『傍若無人』に多くの日本人がナイーブだった。


嫌韓は私の90年代の一番の趣味だった。
日本の隣に醜い異世界がある。
憤慨と好奇心が私を暗くて孤独な情熱に駆り立てた。

90年代の半ばには,相当な『韓国通』になっていた。
政治,経済,文化,多岐に渡り,
当時の日本人の平均値を遥かに越える情報が私に蓄積された。

そういうと偉そうに聞こえるが,多くの日本人は韓国に興味などない。
少し知っているだけで十分な知韓派だったのだ。


しかし,ワールドカップを契機として,
嫌韓に目覚める人たちが一気に増加した。

90年代の私がそうであったように,
多くの日本人が隣の醜い異世界に,憤慨と好奇心を抱き始めたのだ。

当時はそういう人たちがネットでの主流になりつつあったのである。
そこに私が比較的タイムリーに嫌韓ブログをし始めたのだ。

そうなると,数ヶ月もたたずに私のブログを訪れる方が増え始めた。
半年もたつと,最大8千人,
平均1〜2千人程度の方が訪れるブログにまで成長したのだ。

韓国の政治・経済が中心のブログである。
マイナーで固い話の多いブログとしては異例だろう。
それ位,当時の嫌韓は『ブーム』だったということだ。


もっとも,単純にブログを投稿していたわけではない。
ブログをやり始め,さらにそれにメッセージ性があるとなれば,
やはり多くの人達に認知されたい。

だから,そのための方法をいろいろ学んだ。
ランキングで上位になる方法とか,
グーグルのようなサーチサイトで上位表示される方法とかをだ。


合わせて,HTMLも当然のように学び始める。
上位表示に必要だったからだ。

プロレベル,には程遠いが,
それっぽい顔ができる程度にはHTMLを習得できていると思う。


さて,ブログは飽きなかった。
昔の憤懣をぶつけているだけではなく,
新しい興味がどんどんと膨らんでいくからである。

しかし,順調に推移したブログではあるが,
順調すぎて,だんだん行き詰まる。

より大向うをうならせようとして,無理をしすぎたためだ。
何しろ,韓国の政治・経済が中心である。
単純な嫌韓ブログではない(つもり)のだ。

調べ物をして,私なりに分析をして,文章を組み立てる。
高度になればなるほど,時間も難しさも増加していった。

楽しみのために始めたブログであるのに,
ブログに踊らされるようになってしまったのだ。

インドネシアに旅行に行って熱病に罹り,
入院したことをきっかけに
突然ブログをほったらかしにすることにしてしまった。


実は大変お恥ずかしい話なのだが,
IDとパスワードを忘れてしまったのである。

当時は,どうしても思い出せなかった。
(後になんとか見付け出した)

主客が転倒し始めていることもあって,
そのままブログを放置してしまったのである。


後年,改めてブログを新たに立ち上げるのだが,
セレブ?なニュースに引き続き,
このDEBUO日記2にはその苦い経験が生かされている。

自分のペースを守る,ということのために,
ランキングにも参加しないし,コメント欄も廃止してしまった。
特別なSEOも施していない。

現在は,マイペースで自分の勝手なことを連ねている。
それでも,数百人の方に毎日訪れて頂くようになった。

大変有難いことである。
この場を借りて,お礼を申し上げます。


とりとめのない話6に続く




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2010年11月24日

とりとめのない話4

とりとめのない話3の続き

さて,日本から再びマニラに戻ってきた私。
夜の生活が中心となっていく。

場所はモニュメント周辺。
持ち前の几帳面さもあり(笑),
おそらく,全ての飲み屋に顔を出した。

その時の成果(^^*)はこちらである。
  ★ マニラ モニュメントの飲み屋 適当な紹介 リンク


当時は,今よりも財布の紐が緩かった。
というよりも,何の考えも無しに飲み屋めぐりをした。
お気楽な馬鹿日本人である。

といっても,私は買春を好まない。
飲んで騒ぐのが好きなタイプである。
しかも騒ぎ始めると,歯止めが効かなくなる。

その中で,GROの口説き方を知り始めた。
というよりも,フィリピーナ自体の口説き方を知り始めた。

なんのことはない。
コミュニケーションの濃さが口説きの成否を決定する。

それは,日本人女性と同じだった。


ただ,フィリピーナは日本人女性よりもストレートな場合が多い。
仮に,生真面目そうなフィリピーナでも,
突然,スィッチが切り替わる。

そういう表現でフィリピーナを知る方はご理解頂けると思う。


旅行本を読むと,フィリピーナはナンパを嫌うとあった。
そんなことはない。

モール,ファストフード,フードコート,
多くの場所でフィリピーナと仲良くなる機会があった。

初対面でも気楽に携帯番号をゲットできることがままあったし,
2〜3度顔を合わせて言葉をかわせば,もう『友達』だった。

比人の友人と一緒の時が多かったので,
彼も積極的に『協力』してくれた。

デートでは友人を連れてくることが多いが,
こちらも比人の友達を連れてきてWデートだ。

言葉の不自由な私にはその方が好都合だった。


もっとも,私はそれほど女好きではない。
まとわりつかれるのが嫌いなタイプである。

テキストのやりとりも面倒くさい人間なのだ。
だから,自然とナンパは自重するようになった。
面倒臭いのが先に立ってしまうのだ。


しかし,酔っ払うのは日本にいた時と同様,非常に好きである。
だから,毎晩のようにモニュメントに行き,数件はしごして,
朝方部屋に戻る,そんな生活が数ヶ月ほど続いた。

当初は,一晩で1万pを越えることは珍しくなかった。
しかし,そんなのは物珍しい最初の1ヶ月だけである。

私はルーティンを嫌う。
飽き易いのだ。

ハレだった毎日があっという間にケの世界になる。
当たり前だ。

祭りで狂乱の時間を過ごすには,
退屈な日常が必要なのだ。

明け方のモニュメントで人々が活動し始めるのを
酔った目で眺めながら,
頭の芯が酔えない自分に気づいていた。

飲みに虚しさを感じ始めていた私は,
生まれて始めてブログをやり始めた。
それが,DEBUO日記アジア情報である。


とりとめのない話5に続く


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2010年11月23日

とりとめのない話3

とりとめのない話2の続き

彼女に振られ,
マニラでのイライラに頭の沸騰していた私は,
近くの飲み屋で隣町の比人とトラブルを起こしてしまった。
周りの忠告もあり,一旦は日本に帰国する。

仕切りなおしをするつもりだった。

ところが,日本に戻ってみると,
あまりの静寂さや几帳面さ,平穏さが
私にはとても退屈なものに見えていた。

日本の街が灰色に見えたのである。
マニラの原色にやられていたのだ。

ストレスしかないようなマニラの生活が,
私に活力を与えていたのだ。


私が日本を飛び出す決心をした一番の肝は,
日本での生活に目的を失っていたからである。

家庭はない(あっという間に壊れた)
ある程度の経済的余裕も経験したが,
そこには充足感を見いだせなかった。

このまま仕事を続けていても,
新しい展開が見えなかった。
というよりも,仕事に飽き飽きしていた。

このまま何の目的もなく惰性を続けても,
おそらく何の感慨もなくあの世に行くことになる。

だから,仕事がおかしくなり始めていたこともあり,
周りと相談した上で,会社をたたんでしまった。


直接のきっかけは,私の知り合いのバリ生活を聞かされてからである。
バリ永住は簡単そうだった。
しかも,バリ生活は天国のように見えた。

私は明らかに現実逃避し始めていた。

現実逃避だったのかもしれないが,
私の気持ちがおかしくなりかけていたのも確かだった。

私には休息が必要だったのだ。


意気揚々とバリに向かったが,
しかし,現実はあまり甘くはなかった。

永住は難しそうだった。
緩い生活には一週間で飽きた。

バリだけじゃなく,ジャカルタにも滞在したが,
何よりも,言葉の通じないのが大変だった。

インドネシアの生活に迷いが出てしまったのである。

その辺をクリアできそうだったのが,フィリピンだった。
あまり深く考えずに,
友人のつてで比人ファミリーを紹介してもらい,
マニラに滞在してみることにした。


当初,マニラでの生活が私にストレスしか与えなかったのは,
先述した通りである。

しかし,マニラから日本に戻ってきてみると,
マニラに戻りたくなっている自分がいた。

日本に帰ってきた感じがしない。
自分の居場所はマニラにある,そう感じていたのだ。

もともと,几帳面で平穏な日本に嫌気がさしていたのだ。
フィリピンでの強烈な毎日が私に奮起を促していた。
そして,マニラで生活すること自体が私の目的になった。

例えば,スーパーで物を買うこと自体が発見の連続である。
私はマニラでは赤ん坊に等しかった。


さて,マニラに戻ってきて私に急速にノウハウが蓄積されていったのは,
クラブ活動(笑)である。

彼女に振られた寂しさもあり,
毎晩のようにモニュメントを徘徊し始めた。

当初は,フィリピン人の友人に案内されていたが,
そのうち,一人でモニュメントをうろつき始めることになる。


とりとめのない話3に続く

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2010年11月22日

とりとめのない話2

とりとめのない話1の続き

とりとめのない話1でのジャパユキは,
3人目の同棲相手である。

最初の同棲相手は,マニラに来てからの最初の彼女だ。
マニラに来てすぐ彼女ができた。
彼女の希望もあり親にちゃんと許しを得た。

私は相手の親に抜群の信頼があり,
いつの間にか,彼女と同棲していた。

ちょっと彼女に押され気味ではあったが,
割合美人であったし,
私好みの,スリム小顔タイプだった。


彼女はマカティのOLだった。
彼女は日中は部屋にいないのだが,
彼女とは,ヤフーメッセンジャーで会話を続けていた。

仕事中に,彼氏とヤフーメッセンジャーに夢中のOL。
これがフィリピンか,と驚いたものだが,
昼も夜も傍らに彼女がいる感じだ。

正直,私はベタベタした関係が得意ではない。
彼女を大切に思う気持ちが私から少しずつ薄れていった。
このままなし崩しに押し切られるのも嫌だった。


同時に,私はいつもイライラしていた。
ストレスのせいだ。

  空気は汚い,
  水道はうす黒い,
  夜遅くまでトライシケルの騒音,
  朝まで続くカラオケパーティ,
  赤ん坊の鳴き声,
  ルーズな人々,
  表面的におわる会話
  外出には危険が伴い,
  部屋にいても気が休まらず・・・

マニラに来た日本人の多くがストレスで爆発しそうになるという。
私もその手合いだった。

そのストレスをぶつけるのは,彼女にだった。
仕事中に彼氏とヤフーメッセンジャーをするような女性,
私は彼女をあまり尊重してはいなかった。

それどころか,
私はどのタイミングで彼女と別れるかを考え始めていたぐらいだ。


ところが,後で知ることになるのだが,
彼女は,日本人も顔負けのハードワーカーだった。

  遅刻をしない,
  残業を厭わない,
  必要があれば,泊り込みで仕事をこなし,
  熱があっても出勤,
  日曜日には卒業した大学で何かの資格をとるためのスクーリング。

彼女の通う職場のオーナーが代わっても,
彼女だけは首を切られなかったという。

会計係ということもあるが,金銭感覚もしっかりしている。
私とつきあうのは金銭目的ではない。

父親は実業家,母親は学校の先生,
比較的裕福な家庭の娘だった。
それだけに,だらしのないピノイ嫌いで,
外国人に憧れを抱く娘だったのだ。

料理はできなかったが,私には何の問題もない。
身の回りの整理整頓も女性らしいきめ細かさだ。

ヤフーメッセンジャーを開いていたのも,
休憩時間とかそういうタイミングだったようだ。

フィリピンではあまりお目にかかれないタイプの女性だったのだ。


しかも,うざかった彼女のまとわりつき,
これが気づかないうちに,私の心の奥深くにまで到達していた。

そのことを知るのは,
彼女の心が私から離れた後であった。

マニラのイライラで頭の沸騰していた私には,
大切なものが見えなかったのである。

だから,私は別れた後,しばらくかなり苦しい気持ちが続いた。
そのこともあり,私は夜のマニラにはまっていくのだった。


とりとめのない話3に続く


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